賃料増減額請求1 東京地方裁判所令和7年11月27日判決
コロナ禍による業績悪化を考慮して合意された賃料減額について、その後の所有者変更による個別的配慮関係の解消や、賃借人の全社的な業績回復等を事情変更として評価し、差額の50%を賃貸人に配分する裁判所鑑定(公租公課を実額に修正)に基づき賃料増額を認容した事例
(事案の概要)
直近合意時点:令和3年8月1日(※コロナ禍による売上減少を考慮し、売上が回復するまで賃料を抑える旨の合意をして更新した時点)
増額/減額請求権行使時点:令和5年5月30日付け通知書(令和5年12月1日以降の増額を請求)
従前賃料:月額97万3377円(税別)
増額後の賃料:月額106万7764円(税別)(約9.7%増額)
争点1:個別事情(コロナ禍での減額等)を加味した合意と直近合意時点の認定
(判旨抜粋)
原告は、令和3年8月1日の本件建物の賃料は、近隣の賃料相場等を度外視して、被告が有利となるように合意されたから、直近合意時点と評価できない旨主張する。 この点、本件においては、令和3年8月1日の合意の際に、被告がcに、「上記期間中に売上高がコロナ禍前の売上水準に回復した場合、現行賃料に戻す」との記載のある書面(甲15)を交付したことが認められ、令和3年8月1日の本件建物の賃料は、被告が有利となるように合意されたことがうかがわれる。 しかし、賃料増減額請求は、現行賃料の増減額を認める制度であり、現行賃料が、賃料相場のみならず、当事者間の個別事情をも加味して合意されることは当然にあり得ることであるから、現行賃料の合意に個別事情があることを理由に、現行賃料を直近合意賃料として扱わない理由はないというべきである。 したがって、本件における直近合意時点は、賃貸人と賃借人が現実に合意した令和3年8月1日と解するよりほかはない。
争点2:適正継続賃料額の具体的な算定過程
(1)裁判所鑑定の概要
ア 差額配分法による試算賃料
(ア)正常実質賃料(新規賃料)の査定
・積算法における積算賃料の試算 102万3831円
・賃貸事例比較法による比準賃料の試算 121万3743円 ・統計資料による新規賃料の試算 116万8379円
・正常実質賃料(新規賃料)の査定(58頁) 積算賃料は参考にとどめ、比準賃料と統計手法による新規賃料を比較考慮し(各50%)、正常実質賃料を119万1061円と査定
(イ)賃料差額の配分
・価格時点における賃料差額 20万3777円
正常実質賃料119万1061円-実際実質賃料98万7284円
・賃料差額の配分(89頁) 経済事情の変動による賃料差額の発生は、当事者双方の責めに帰さない外的要因であること、被告の全社業績回復と本件店舗の業績未回復という両面のバランスを考慮する必要があること、賃貸人がcから原告に変更されたことで従前の個別的配慮関係が解消されていること、短期間での賃料増額となるが、減額合意の暫定的性格を考慮すると激変緩和の程度は限定的であること等を踏まえ、賃貸人に帰属する配分割合を「2分の1(50%)」と決定(20万3777円×1/2=10万1889円)
(ウ)差額配分法による試算賃料
・実質賃料 98万7284円+10万1889円=108万9173
・支払賃料 107万5266円
イ スライド法による試算賃料(支払賃料) 105万8633円
ウ 利回り法による試算賃料(支払賃料) 104万7199円
エ 鑑定評価額の決定 差額配分法による支払賃料107万5266円、スライド法による支払賃料105万8633円、利回り法による支払賃料104万7199円を、差額配分法50%、スライド法10%、利回り法40%と配分し、支払賃料(正常賃料)を106万2376円と査定した。
(2)裁判所鑑定の土地公租公課額等について
裁判所鑑定は、令和5年度の固定資産税・都市計画税の課税標準額と税額につき、実際の金額が不明であったことから、他の年度の金額から推定した金額を用いて正常賃料を査定している。 そして、鑑定人作成の「土地公租公課額の変更に伴う鑑定評価額への影響分析」と題する書面(甲30)によると、令和5年度の固定資産税・都市計画税につき、実額を用いて査定した場合、正常賃料は106万7764円となる。
(3)判断
ア 裁判所鑑定の内容に特段不合理な点はなく、基本的には、本件建物の適正賃料は、裁判所鑑定に依拠して認定するのが相当である。もっとも、裁判所鑑定は、令和5年度の土地公租公課額につき、推定した金額を用いて正常賃料を査定しているところ、この点については、実額を用いて査定した額によるのが相当と解される。したがって、令和5年12月1日時点における本件建物の適正賃料は月額106万7764円(税別)と認めるのが相当である。
争点3:鑑定手法および配分割合の評価
(判旨抜粋)
ウ 被告は、裁判所鑑定では、賃貸事例比較法による比準賃料と統計手法による試算賃料をそれぞれ50%に重み付けして新規賃料を査定し、積算賃料を参考にとどめている点・・・・・・が不合理である旨主張する。しかし、裁判所鑑定は、積算賃料は供給サイドの理論的賃料であり、築後43年の経年影響や投資採算性を基準とする性格が市場賃料と異なることから、市場実勢と比較し低位であることを理由に、積算賃料を参考にとどめているのであって(58頁)、不合理であるとは認められない。
エ 被告は、裁判所鑑定は、〔1〕被告の全社業績回復と本件店舗の業績未回復という両面のバランスを考慮する必要があること、〔2〕賃貸人がcから原告に変更されたことで従前の個別的配慮関係が解消されていること、〔3〕短期間での賃料増額となるが、減額合意の暫定的性格を考慮すると激変緩和の程度は限定的であること等を踏まえ、賃貸人に帰属する配分割合を「2分の1(50%)」と決定しているところ・・・・・・その決定過程に前提事実の誤認がある旨主張する。 しかし、令和3年8月に合意された賃料は、コロナ禍による本件店舗の業績悪化を受けて、cと被告との間で合意されたものであり・・・・・・当事者間での個別的配慮関係を背景に合意された、暫定的性格を有するとの側面を否定できないというべきである。そうすると、被告が指摘する上記〔2〕、〔3〕については、前提事実を誤認したものとは評価できない。また、上記〔1〕について、裁判所鑑定は、令和3年時点の本件店舗の売上には回復が見られないものの、被告の全社的な売り上げはコロナ禍前を上回る水準に達しており、賃借人側の支払能力が相当程度復元していること(88頁)を前提に、かかる評価を加えているのであって、その内容が不合理であるとは認められない。
賃料増減額請求2 東京地方裁判所令和7年11月27日判決
賃貸人が「安すぎる家賃で貸してしまった」等の理由から増額を請求したが、客観的な立証(鑑定等)を欠くとして賃借人が認諾した額を超える増額を否定し、さらに賃貸人が法的手続を経ずに駐車場を実力で排除しようと通知した行為を不法行為と認定した事例
(事案の概要)
直近合意時点:令和2年7月9日(※本件賃貸借契約締結時)
増額請求権行使時点:令和6年6月6日意思表示(令和6年7月15日以降の増額を請求)
従前賃料:月額16万3000円(駐車場・共益費込み)
増額後の賃料:月額18万8000円(※賃借人が認めた額の限度で増額)
争点1:本訴請求(本件建物の賃料増額事由の有無及び相当賃料額等)について
(判例抜粋)
(1)原告は、本件賃貸借契約における賃料月額16万3000円(現行賃料)は原告担当者が業務に不慣れで安すぎたことから賃料を増額すべき旨主張するが、そのような事由があるからといって、直ちに賃料を増額すべきことにはならないというべきである(借地借家法32条1項)。また、原告は、適正賃料額について鑑定を申し立てることをせず、不動産鑑定士による鑑定評価書を提出することもしないのであって,原告提出の各証拠によっては現行賃料が適正賃料と是正を要するほどに大きな差額があると認めるに足りる証拠はない。仮に、現行賃料と適正賃料額との間に大きな差額があるとしても、現行賃料が合意されたのは令和2年7月であり、原告による賃料増額請求までの期間は4年間にとどまることからすれば、上記差額全てを直ちに被告の負担とすることは相当ではなく、増額するとしても段階的に行うべきである。 以上の事情からすれば、被告が認める2万5000円の増額(賃料月額18万8000円)を超えて賃料を増額すべき事由があるとは認められない。
(2)原告は、被告の妻が本件建物で同居していることから、令和6年6月6日付け賃貸借契約書(乙4)の第5条の定めに基づき、共益費1000円の支払義務が発生していると主張する。 しかし・・・・・・本件賃貸借契約の当初の契約書では、賃借人の配偶者と嫡出子は同居可能とする旨定められ、共益費が増加する旨の約定はなく(乙1)、被告の妻も本件建物に入居したこと、令和4年7月の1回目の更新の契約書(乙3)には、既に、令和6年6月6日付け賃貸借契約書(乙4)の第5条の定めと同様に、使用人員の増加をする行為を禁止しつつ、月額1000円の賃料加算支払により配偶者と嫡出子は同居可能とする旨の定めが置かれていたものの、原告は、賃料増額請求をするに至るまで、被告の妻の同居を理由として共益費1000円の請求はしてこなかったこと(乙19)が認められる。 以上の事実に加え、令和6年6月6日付け賃貸借契約書(乙4)の第5条の「将来に於ける乙の配偶者丙と同人ら間に出生する嫡出子及び扶養義務のある親は増加人数1人当たり1千円の共益費を追加支払うものとし」との文言に照らせば、この定めは、今後、同居者が増えた場合の条項と解するのが相当であって、当初から同居していた被告の妻について共益費1000円が発生するとは認められない。
(3)原告は、本件建物の賃貸借契約と本件駐車場の賃貸借契約とは、別々の申込みにより締結されたものであり、別個の契約である旨主張する。 しかし、本件賃貸借契約の当初の契約書(乙1)から、本件建物と本件駐車場は一つの賃貸借契約書で契約が締結され、賃料も個別に定められておらず、一方だけを解約する際の定めなども置かれていない。このことは、令和6年6月6日付け契約書(乙4)においても変更はなく、これらのことからすれば、原告の上記主張は採用することができない。
争点2:反訴請求〔1〕(1万1000円の口座引落の違法性、法律上の原因の有無)について
(判旨抜粋)
(1)・・・・・・原告は、Dの名義で、被告に対し、本件駐車場の月額賃料を5500円値上げする旨や、2か月分合計1万1000円を口座引落しする旨をあらかじめ通知した上で、月額賃料に上乗せして被告の口座から引き落としを行ったものである。そして、被告は、上記通知に対して返信せず、上記の口座引落までの間に反対の意思を表示していなかったのであり・・・・・・それまでは原告から送られたメールに被告が返信して意見を述べていたこと・・・・・・も考慮すると、原告が被告の同意があるものと認識してもやむを得ない事情があったというべきであり、故意又は過失があったということはできない。被告の不法行為に基づく主位的請求は理由がない。
(2)もっとも、被告は、駐車場の賃料の増額に同意したとは認められず、上記1万1000円については被告が法律上の原因なく利得したと認めるのが相当であり、被告の不当利得に基づく予備的請求は理由がある。
争点3:反訴請求〔2〕(本件通知の不法行為該当性、損害額)について
(判旨抜粋)
(1)原告は、本件駐車場の賃貸借契約を解約したとして、解約日に暗証番号を変える旨を被告に予告する本件通知を送付しているところ、このように法的手続を経ることなく実力で被告の本件駐車場の占有・使用を排除しようとすることは、違法に被告の権利・利益を侵害するものとして不法行為が成立することは明らかである。
(2)被告は、違法な本件通知により、本件駐車場の占有・使用に対する妨害を予防するために仮処分命令の申立てを余儀なくされたものといえ、また、その緊急性等にかんがみれば、同申立てを行うには弁護士に委任することは相当な対応であり、そのための弁護士費用は上記不法行為の損害に当たるというべきである。 被告は、上記弁護士費用として15万円を支出したと主張するが、証拠(乙35、36)によれば、その額は11万円であると認められ、これに本件訴訟提起のために必要な弁護士費用の損害額として1万円を加算した12万円をもって、上記不法行為の損害額と認めるのが相当である。被告は、精神的苦痛に対する慰謝料50万円を請求するが、上記の仮処分により本件駐車場の占有・使用が現実に妨害されることなく、早期にその予防が実現していることからすれば、上記弁護士費用に加えて慰謝料を認めるべき事情があるとはいえない。
賃料増減額請求3 東京地方裁判所令和7年9月24日判決
賃貸人からの増額請求において、裁判所鑑定に基づき適正賃料を認定し増額を認容するとともに、賃貸借契約の条項に基づき、増額された賃料を基準とする敷金の差額補填も命じた事例
(事案の概要)
直近合意時点:平成21年12月28日(※本件賃貸借契約締結時)
増額請求権行使時点:令和5年6月27日意思表示(令和5年7月1日以降の増額を請求)
従前賃料:月額263万円(消費税等別途)
増額後の賃料:月額308万8426円(消費税等別途)(約17.4%増額)
その他:増額に伴う敷金の差額(137万5278円)の補填も認容された。
争点1:適正賃料額の認定と裁判所鑑定の合理性(原告の鑑定批判に対する判断)
※本判決文には、裁判所鑑定における具体的な算定数値の記載はなく、原告の鑑定批判に対する裁判所の判断過程が以下のとおり示されています。
(判旨抜粋)
(1)鑑定の結果によれば、本件建物の賃料額は、経済事情の変動により不相当となり、令和5年7月1日時点における相当賃料額は月額308万8426円(消費税等別途。)であると認められる。
(2)原告は、裁判所鑑定について、差額配分法につき、〔1〕新規賃料を査定するための賃貸事例比較法の適用過程において採用した事例の開差が大きく事例としての適格性を欠く、〔2〕上記事例の更新料の運用益及び償却額が実質賃料に反映されていない、〔3〕賃料差額の配分は2分の1ではなく4分の3とすべきであると指摘し、スライド法につき、〔4〕消費者物価指数(家賃)を不当に重視していると指摘し、試算賃料の調整につき、〔5〕差額配分法を不当に重視していると指摘して、裁判所鑑定には誤りがあると主張する。しかし、裁判所鑑定は、裁判所が選任した不動産鑑定士である鑑定人が、不動産鑑定評価基準に依拠し、両当事者の主張や双方の私的鑑定書その他の証拠をも踏まえ、中立、公平な立場で行ったものであり、事例については必要に応じて事情補正や時点修正を行い(上記〔1〕)、変動率のうち消費者物価指数CPI(家賃)を重視する理由(上記〔4〕)や差額配分法を重視した理由(上記〔5〕)等について合理的に説明されている。また、鑑定書の賃貸事例一覧表に更新料についての記載が見当たらないことから直ちに比準賃料の査定が不合理であるということはできないし(上記〔2〕)、直近合意時点以降C(※旧賃貸人)から原告に賃貸人が変更されている点や本件賃貸借契約において賃貸人に中途解約の規定がない点等が賃料差額の配分割合を変更すべき事情に直ちに当たるともいい難い(上記〔3〕)。そうすると、原告の上記指摘を踏まえても、裁判所鑑定に不合理な点があるとは認められない。
争点2:賃料差額の計算及び敷金の差額補填義務について
(判旨抜粋)
2 賃料の差額について 前記1のとおり、本件建物の令和5年7月1日以降の月額賃料額は308万8426円(消費税等別途。)であるところ、被告は、同月分以降の本件建物の賃料として月額263万円(消費税等別途。)のみを支払っている(争いがない。)。 したがって、被告は、原告に対し、未払の賃料差額分として、同日以降、月額50万4268円(差額45万8426円に消費税等相当額を加算した額)及びこれに対する各支払期後である各支払期日の翌日から支払済みまで借地借家法32条2項所定の年1割の割合による利息の支払義務を負う。
3 敷金の差額について 本件賃貸借契約において、敷金額は月額賃料の3か月分とされ、賃料が増額された場合には敷金も増額され、被告は敷金の不足額を遅滞なく補填しなければならないとされている。 前記1のとおり、本件建物の令和5年7月1日以降の月額賃料額は308万8426円に増額されるから、敷金額もその3か月分相当額である926万5278円に増額され、被告は遅滞なく差額である137万5278円を補填する義務を負う。ただし、増額される賃料額に当事者間に争いがあり、増額される賃料額が確定するのは本判決が確定した時点であると想定されること、原告が敷金の差額について本件訴訟で支払請求をしていること等を考慮して、被告の当該支払債務は本判決確定の日の翌日から履行遅滞となると認めるのが相当である。 したがって、被告は、原告に対し、敷金の補填として、137万5278円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで約定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
賃料増減額請求4 東京地方裁判所令和7年9月18日判決
前所有者との人間関係から設定された賃料の低廉性や、周辺物件との差額等を理由とする賃貸人からの増額請求において、裁判所鑑定に基づき適正賃料を認定し増額を認容した事例。なお、賃貸人は「知人関係の解消」を理由として新規賃料水準への増額を求めたが、客観的な密接性が認められないとして退けられた。
(事案の概要)
直近合意時点:令和2年4月25日(※コロナ禍において従前賃料の維持を確認し更新した時点)
新賃貸人(原告)への所有権移転:令和3年8月2日(※売買)
増額請求権行使時点:令和5年2月9日意思表示(令和5年2月10日以降の増額を請求)
従前賃料:月額13万円(消費税別)
増額後の賃料:月額15万1000円(消費税別)(約16.2%増額)
争点1:直近合意時点の認定(従前賃料の据え置き確認と更新合意)
(判旨抜粋)
原告は、・・・・・・甲2の2の契約書は、その記載からは、同契約書作成時点において当事者が当時の経済事情等を踏まえることなく単に従前の賃料額を確認したとしか読めないし・・・・・・上記更新合意は、単に従前の賃料額を確認したにとどまるもので、賃料額増減の当否やその相当額を判断する基準とすべき直近合意時点とはいえない。本件ビルは・・・・・・なかなか借り手が見つからなかったところ、平成26年4月、C(の知人である被告代表者との間で、被告に本件建物を賃貸することで話がまとまり、本件賃貸借契約が締結されたこと、〔3〕その後、Cは、幾度か本件賃貸借契約を合意更新したが、令和2(2020)年にはいわゆるコロナ禍が起き・・・・・・従前の賃料額を維持することとして、同年4月25日付けで契約書が作成されて本件賃貸借契約の合意更新がされたことの各事実が認められる。 以上の経緯等に照らせば、本件賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものは、被告主張のとおり、令和2(2020)年4月25日時点の賃料というのが相当である。
争点2:知人関係の解消と賃料増額(人的関係の考慮)
(判旨抜粋)
原告は、前賃貸人のCと被告との関係は、単なる知人にとどまらない密接な関係にあり、現行賃料もそのような関係を前提に低廉に抑えられていた旨主張するが、現行賃料は、貸し手であるCが提示したもので、賃料の希望額を借り手である被告からCに伝えたことはなかったとうかがわれるし(乙2)、被告がCの知人であったことがCの提示する賃料額に何かしらの影響があったとしても、家族関係とか法人とその代表者などといった、客観的に見て賃料額が低廉に抑えられたといえるほどの密接な関係性があったとは認められないというのが相当である。そうすると、本件において、賃貸借契約の当事者間の人的関係の解消を継続賃料の増額事由として考慮することは困難であるというべきである。
争点3:適正継続賃料額の具体的な算定過程
(判旨抜粋)
1 差額配分法の適用(鑑定書50、32頁)
(1)実際実質賃料額の査定 13万0220円
(2)正常実質賃料の査定 ア 積算賃料 土地の価格については、取引事例比較法を適用し・・・・・・1平方メートル当たりの価格を164万2000円と求め、これに登記面積86.32平方メートルを乗じて、土地価格を1億4174万円と査定した。建物価格については・・・・・・経年減価率(経過年数19年/30年)を乗じて、1501万円と査定した。 次に、上記の土地及び建物の価格に一定の付帯費用を加算し、一棟全体の建物及びその敷地の積算価格を1億5900万円と査定した。 さらに、本件建物は建物全体のうちの3階部分であるから、本件建物の基礎価格を、上記一棟全体の積算価格に階層別効用比率として求めた0.2702を乗じて、4300万円と査定した。
イ 期待利回りの査定 (※交通アクセスに優れるが、旗竿地であり外階段利用となるなどのリスクから)期待利回りを4.0%と査定した。
ウ 積算賃料の算定 純賃料(本件建物の基礎価格×期待利回り)に価格時点における必要諸経費等を加えて、月額18万2400円と査定した。 エ 比準賃料 同一需給圏内の新規の賃貸事例のうち適切な4事例を選択し・・・・・・各事例の比準賃料を1平方メートル当たり3800円と査定し、これに賃貸床面積48.68平方メートルを乗じて、月額18万5000円と査定した。
オ 正常実質賃料 上記ウエを踏まえ、正常実質賃料を月額18万4000円と査定した。 (3)差額の配分
上記正常実質賃料と実際実質賃料(13万0220円)の差額5万3780円について、公平の観点から差額の2分の1を賃貸人に帰属させるものとして、差額配分法による試算賃料を月額15万7000円と査定した。
2 利回り法の適用(鑑定書51、42頁)
(1)本件各建物の基礎価格を4300万円と算定した。
(2)直近合意時点の本件各建物の基礎価格を4240万円と査定し、同時点の純賃料である年額118万3640円を基に、純賃料利回りを2.8%と算定する。これに、直近合意時点から価格時点にかけての地価上昇を考慮して、10年もの国債利回りの変動分を反映することで継続賃料利回りを3.3%と査定した。
(3)上記(1)(2)を踏まえ、利回り法による試算賃料を月額15万5000円と査定した。
3 スライド法の適用(鑑定書52、45頁)
(1)直近合意時点の純賃料を118万3640円と算定した。
(2)変動率の査定 オフィスマーケットレポート、企業向けサービス価格指数、消費者物価指数総合等の5項目の指数を均等に重視して、変動率を1.096とした。
(3)上記(1)(2)を踏まえ、スライド法による試算賃料を月額14万3000円と査定した。
4 鑑定評価額の決定 差額配分法は・・・・・・説得力が高い。これに対し、利回り法については、利回りを意識して賃料の合意がされたとは認められない本件では、利回り法に高い説得力を認めることはできない。一方、スライド法は・・・・・・利回り法よりも説得力が高い。以上を踏まえ、試算賃料の調整としては、差額配分法:利回り法:スライド法=4:2:4の割合で加重平均することとし、本件建物の継続賃料(月額支払賃料)を15万1000円とするのが相当である。
争点4:賃料差額に対する遅延損害金(利息)の割合について
(判旨抜粋)
原告は、原被告間の賃料延滞時の特約に係る年14.6%の割合(前提事実(1)エ)に基づき、現行賃料との差額の未払賃料に対する遅延損害金(利息)の支払を請求するが、同特約は賃料を延滞したときの約定であって、本件のように、建物の賃借人が相当と認めて支払ってきた賃料が賃貸人の請求によって増額された相当賃料に不足が生じたときの約定ではないことが明らかであるから、増額後の相当賃料と現行賃料との差額に付すべき利息の割合は、借地借家法32条2項ただし書を適用して年1割となるというべきである。
賃料増減額請求5 東京地方裁判所令和7年9月4日判決
直近合意から約2年弱しか経過していないものの、周辺相場の大幅な上昇に対し従前の改定が小幅にとどまっていた結果、実勢賃料との乖離が著しく拡大したことを事情変更として認め、原告提出の査定(差額配分法やスライド法の具体的な計算)に基づき賃料増額を認容した事例
(事案の概要)
直近合意時点:令和4年8月27日(※賃料を月額28万5000円として更新合意した時点)
増額請求権行使時点:令和6年9月14日到達(令和6年10月分以降の増額を請求)
従前賃料:月額28万5000円
増額後の賃料:月額36万円(約26.3%増額)
その他:賃料増額に伴い、更新料の差額(新賃料1ヶ月分に基づく差額7万5000円)の請求も認容された。
争点1:直近合意からの期間が短期(約2年弱)であることと事情変更の有無
(判旨抜粋)
(2)
ア これを本件についてみると、前提事実、証拠・・・・・・及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア)本件賃貸借契約が締結された平成28年下期、本件直近合意がされた令和4年下期及び令和6年上期における目黒区の賃貸マンション(80平方メートル以上、築10年補正)の1平方メートル当たりの賃料は、次のとおりであり、令和6年上期の賃料は、令和4年下期から約24%、平成28年下期から約45%上昇している。
a 平成28年下期 3864円/平方メートル
b 令和4年下期 4524円/平方メートル
c 令和6年上期 5615円/平方メートル
(イ)原告は、令和2年及び令和4年の本件賃貸借契約の更新に当たり、被告に対し、仲介業者を通じて、賃料相場に合わせた賃料の増額を求めたものの、被告から余裕がないとの回答を受けた。このような経緯から、上記各更新での賃料の増額は1万円にとどまり、賃料相場に合わせた賃料の増額がされることはなかった。・・・・・・
イ ・・・・・・令和6年上期における東京都目黒区の賃貸マンション(80平方メートル以上、築10年補正)の賃料が、本件直近合意時から約24%、本件賃貸借契約の締結時から約45%も上昇したにもかかわらず、原告と被告との間で近傍同種の賃料相場に見合った賃料の改定が行われてこなかった結果、本件建物の実際実質賃料が令和6年10月1日時点での正常実質賃料と約62%も乖離することになり、本件直近合意時に存在した本件賃貸借契約の賃料と近傍同種の賃料相場との乖離がますます広がったことが認められる。このような事実に照らすと、本件直近合意による賃料の改定から2年弱しか経過していないとの被告の指摘を踏まえても、本件直近合意で定めた本件賃貸借契約の賃料は、不相当となったというべきである。
争点2:適正継続賃料額の具体的な算定過程(原告提出査定の認定)
(判旨抜粋)
(ウ)C株式会社は、令和6年10月1日時点の本件建物の継続支払賃料を月額36万6000円(3030円/平方メートル)と査定した(以下、この賃料の査定を「本件査定」という。)。本件査定に至った理由の要旨は、次のとおりである。
a 試算賃料(実質賃料)
〔1〕差額配分法 月額39万1000円(3240円/平方メートル) 令和6年10月1日時点における本件建物の正常実質賃料は月額48万4000円(4010円/平方メートル)であり、実際実質賃料(月額29万8000円〔2470円/平方メートル〕)との差額は18万6000円となる。そして、一般的要因及び地域要因並びに対象不動産にかかる契約上の経過期間と残存期間、契約締結及びその後現在に至るまでの経緯、貸主又は借主の近隣地域の発展に対する寄与度等を総合的に勘案し、差額配分法における配分率を50%とすると、試算賃料は月額39万1000円となる。
〔2〕スライド法 月額33万3000円(2760円/平方メートル) 賃料及び元本価格の変動に対する継続賃料の粘着性を考慮し、マクロ経済指数(5.4%)を2、賃料に関する指数(24.1%)を1、元本価格の変動に関する指数(13.8%)を1の割合で関連付けて変動率を12.2%とすると、試算賃料は月額33万3000円となる。
b 令和6年10月1日時点の継続支払賃料の決定 各更新時において経済情勢の変動に見合う賃料の改定が行われてこなかったため、本件直近合意によって改定された賃料は継続賃料の保守性・粘着性を反映して低位に留まっていることを考慮すると、差額配分法による賃料の説得力は高い反面、スライド法による賃料は相対的な説得力がやや劣る。そこで、差額配分法による賃料を重視し、スライド法による賃料を比較考慮の上、令和6年10月1日時点の継続支払賃料を決定した。・・・・・・ また、本件査定で令和6年10月1日時点の本件建物の継続支払賃料を月額36万6000円と決定するに至った理由は、上記認定のとおりであって、その内容に格別不合理な点が見当たらないことからすれば、本件査定の結果は適正なものとして信用することができる。したがって、原告が本件増額請求により本件建物の令和6年10月分以降の賃料として求めた月額36万円は、相当な額というべきである。この点、被告は、原告が求める月額36万円の賃料は従前の賃料改定の経過を無視するものであるから相当な額とはいえないと主張するが、上記認定事実によれば、本件査定における本件建物の継続賃料の額は従前の賃料改定の経過を考慮して決められたものと認められるのであって、このような事実に照らすと、月額36万円の賃料の請求が従前の賃料改定の経過を無視するものということはできない。
争点3:権利濫用の有無(差額請求と原状回復費用の精算)
(判旨抜粋)
被告は,原告が業者を介しての通知により差額賃料の支払を求めないかのように被告を誤信させたにもかかわらず本訴を提起したことをもって、原告の本訴請求は権利の濫用であると主張する。しかしながら、被告の指摘する通知書面(乙3)をみても、原告が被告に差額賃料の支払を求めない旨の記載はないから、この書面をもって、原告が差額賃料の支払を求めないかのように被告を誤信させたものとは認められず、他に上記事実を認めるに足りる証拠はない。 したがって、原告の本訴請求が権利の濫用であるということはできず、被告の上記主張は理由がない。
賃料増減額請求6 東京地方裁判所令和7年9月3日判決
賃料増額請求を棄却した事例
賃料増額の意思表示が賃借人に到達した事実が認められず、適正賃料の判断に至る前に請求棄却となった事例
※適正賃料の計算過程(鑑定や相場の分析など)に関する記載が一切なし(棄却のため)
(事案の概要)
直近合意時点:平成28年7月6日(※賃料月額につき確認する旨の合意がなされた)
増額/減額請求権行使時点:原告は令和2年2月26日と主張したが、裁判所は意思表示の到達を認めなかった
従前賃料:月額122万8350円(税別)
増額/減額後の賃料:請求棄却(原告の請求額は月額204万7250円)
直近合意時点について
…本件では直近合意時点に関する当事者間の明確な争いや詳細な判示はなし。前提事実として「平成28年7月6日、原告と被告との間でも、上記賃料月額につき確認する旨の合意がなされた」と認定されている。
適正継続賃料額について
(判旨抜粋)
賃料増額請求にあたっては、賃貸人から賃借人に対し、賃料増額(改定)を求める旨の意思表示がなされる必要があるところ、原告が、被告に対し、令和2年2月26日、本件契約について賃料増額(改定)を申し入れる旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はない。これに対し、原告は被告に対し、令和2年2月26日、「賃料改定のお願い」と題する書面を電話連絡後に送付した旨主張するところ、確かに、本件建物にかかる賃料増額(改定)を求める旨の令和2年2月26日付けの原告名義の書面が存在する・・・・・・。しかし、当該書面が被告に対して当時送付され、被告に到達したことを裏付ける的確な証拠はなく、これと前後して、原告から被告に対し、賃料増額に関する電話連絡がなされた事実を認めるに足りる証拠もない。すなわち、「賃料改定のお願い」と題する書面・・・・・・が存在することをもって、原告から被告に対し、賃料増額を求める意思表示があったと認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。よって、原告の請求はその余の点(争点(1)※)について判断するまでもなく理由がないから棄却する。
※借地借家法32条1項所定の事由の有無
賃料増減額請求7 東京地方裁判所令和7年8月28日判決
賃料減額を認めた事例
サブリース契約において、事実上の賃料増額特約等の存在を理由とする減額請求の制限を否定し、マスターリース特有の事情を反映した適正賃料を認定した事例
(事案の概要)
直近合意時点:平成27年11月3日
増額/減額請求権行使時点:令和2年12月2日到達
従前賃料:月額325万円
増額/減額後の賃料:月額320万7600円(約1.3%減額)
争点1:禁反言等の法理による減額請求の可否
(判旨抜粋)
被告は、本件賃貸借契約が、原告ないしそのグループ会社から、40年にわたる空室保証及び事実上の賃料増額特約を示された上で、建設・賃貸経営等を企画提案されたことや、本件賃料減額請求の時点で原告が利益を十分に享受していた反面、被告には多額の債務が残っていたこと等を指摘して、本件賃料減額請求が禁反言又は衡平の原則に照らして許されない旨主張する。しかし、本件賃貸借契約の契約書上、賃料増額特約の存在をうかがわせる規定は存在しない・・・・・・上、2年毎に1%ずつ賃料が上昇する旨の本件事業計画の内容は、あくまで原告側の予測に過ぎないものであり、ほかに被告が主張する(事実上の)賃料増額特約の存在を認めるに足りる証拠はない。また、借地借家法32条1項は、強行法規であって、賃料保証特約や賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから、これらの特約が仮にあるとしても、直ちに賃料減額請求権の行使が妨げられるものではない・・・・・・。そうすると、仮に被告の主張する事実上の賃料増額特約が本件賃貸借契約に含まれていたとしても、本件賃料減額請求が禁反言又は衡平の原則に反するとはいえないというべきである。このことは、本件賃料減額請求時点において、原告がサブリース等による利益を十分に享受し、反面、被告に多額の残債務があったとしても変わるところはない。
争点2:適正継続賃料額の具体的な算定過程(サブリース契約の特殊性)
(判旨抜粋)
1 本件鑑定の内容
ア 差額配分法 月額319万9451円
(ア)算定方法
賃貸事例比較法により転貸賃料に係る正常支払賃料を算定した上、これに適切な借上料率を乗じてマスターリース賃料に係る正常実質賃料を求める。
(イ)正常支払賃料(転貸賃料) 賃貸事例比較法により、比準賃料の単価を1平方メートル当たり1850円と求め、これに賃貸可能面積である1980平方メートルを乗じて比準賃料(転貸賃料)を月額366万3000円と求めた。そして、上記額から一時金の運用益及び償却額等を控除し、正常支払賃料(転貸賃料)を月額365万9950円と求めた。
(ウ)正常実質賃料(マスターリース賃料) 正常支払賃料(転貸賃料)から、共益費相当額24万円(1戸当たり月額8000円)を控除した金額に、借上料率91.6%を乗じて正常支払賃料(マスターリース賃料)を算出し、さらに同賃料に敷金の運用益を加算することにより、本件建物の正常実質賃料(マスターリース賃料)を月額314万0502円と求めた。 前記借上料率は、直近合意時点である平成27年11月3日時点における転貸賃料(月額354万5000円。共益費を除く。)とマスターリース賃料(月額325万円。共益費を除く。)の比率である。
(エ)実際実質賃料(マスターリース賃料) 直近合意・・・・・・に基づく支払賃料(月額325万円)に、敷金の運用益を加えて実際実質賃料(マスターリース賃料)を月額325万8400円と求めた。
(オ)差額配分法による試算賃料(マスターリース賃料) 前記(ウ)と前記(エ)の各年額の差の2分の1に、前記(エ)の年額を加えることにより、差額配分法による試算賃料(マスターリース賃料)を月額319万9451円・・・・・・と求めた。
イ 利回り法 342万1517円
ウ スライド法 月額335万9962円
エ 試算賃料の調整及び鑑定評価額 本件建物のマスターリース賃料を求めるに当たっては、差額配分法を重視し、差額配分法による試算賃料を90%、スライド法による試算賃料を10%とする比較考量によって算出することとして、令和2年12月2日時点における継続支払賃料を月額320万7600円・・・・・・と判断した。
争点3:差額配分法における直近借上料率の採用の合理性
(判旨抜粋)
マスターリース賃料の経済価値に即応した賃料の算定については不動産鑑定評価基準に記載がない上、マスターリース賃料は通常のエンドユーザー向けの賃貸借契約の賃料と異なり、いわば卸値としての性格を有するものである・・・・・・から、正常支払賃料(転貸賃料)に一定の借上料率を乗じる方法によって新規賃料としてのマスターリース賃料を算定することには合理性があるというべきである。また、いわゆるサブリース契約に係る賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては・・・・・・当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場との乖離の有無、程度等)等をも十分に考慮すべきである・・・・・・ところ、直近合意時点における借上料率は、同時点において当事者が合意の基礎とした賃料相場との乖離の有無及びその程度を端的に示すものであり、賃貸借契約の重要な要素を構成するものと解される・・・・・・。そうすると,正常支払賃料(転貸賃料)に直近合意時点における借上料率を乗じることは、いわゆるサブリース契約としての本件賃貸借契約の特殊性を反映させ得るものとして相応の合理性が認められ、鑑定人の裁量の範囲を逸脱するものではないというべきである。
争点4:サブリース契約における賃貸事例比較法の不採用
(判旨抜粋)
そもそもマスターリース契約は、契約に至る経緯、費用負担の内容及び借上料率など、個別性が非常に高いものであるから、他事例との比較に馴染まず、賃貸事例比較法によって賃料を算定することが困難である・・・・・・。以上から、本件建物の継続賃料を算定するに当たって賃貸事例比較法によることは相当でなく、原告の主張及び私的鑑定書の内容はいずれも採用できない。
賃料増減額請求8 東京地方裁判所令和7年8月27日判決
賃料増額を認めた事例
フリーレント期間は直近合意時点に影響しないと判断し、裁判所鑑定に基づき適正賃料への増額を認容した事例
(事案の概要)
直近合意時点:平成25年11月1日(※フリーレント期間の終了時である平成26年5月1日を直近合意時点とすべきとする被告の主張は退けられた)
増額請求権行使時点:令和4年3月2日(※原告はこれより前の令和2年4月1日以降の増額も主張したが、意思表示の到達が認められなかった)
従前賃料:月額37万2200円(税別)
増額後の賃料:月額48万0020円(税別)(約29.0%増額)
争点1:直近合意時点の認定とフリーレント期間の扱い
(判例抜粋)
本件賃貸借契約が締結され、その期間が開始した平成25年11月1日以降、本件賃貸借契約に係る賃料等が変更されたことはないと認められる・・・・・・。そうすると、本件賃貸借契約に係る直近合意時点は、本件賃貸借契約に係る賃貸借期間が開始した平成25年11月1日と判断するのが相当である。 ここで、本件賃貸借契約において賃料起算日は平成26年5月1日とされており・・・・・・平成25年11月1日から平成26年4月30日までは、いわゆるフリーレント期間であったと認められるが、同期間は、賃貸人にとっては早期の賃借人の確保、賃借人にとっては初期費用の負担軽減などの利点があるため、そのような利点に基づき、賃借人の賃料支払開始を一定期間猶予するものとして設定されるものと解されるから、直近合意時点に影響するものではなく、フリーレント期間を考慮すべきという被告の主張は採用できない。
争点2:令和2年4月1日以降の賃料を増額する旨の意思表示があったか否かについて
(判例抜粋)
原告は、平成30年11月28日、aの担当者が被告を訪問し、被告の担当部長が不在だったため、対応した従業員に本件書面及び本件説明資料を交付して同担当部長に渡すよう依頼したことをもって令和2年4月1日以降の賃料を増額する旨の意思表示をしたと主張し、これを裏付けるものとして甲42を提出する。しかしながら、甲42は、本件訴訟が係属した後に原告訴訟代理人弁護士がaの担当者から聴取した内容をまとめた報告書であり、その内容をもって直ちに上記原告の主張を裏付ける価値を有するとは認め難い。 そして、本件全証拠に照らしても、a及び原告において、交付したとする本件書面について被告の回答等を求めた形跡もうかがわれないこと、原告は、本件賃貸借契約における賃貸人たる地位を承継した際、被告に対して現行賃料を賃料額と確認する書面を送付していること・・・・・・本件訴訟に先行する調停や本件訴訟の審理当初においては上記のような主張をしていなかったことといった事情・・・・・・を踏まえれば、a及び原告が、被告に対し、本件書面及び本件説明資料を交付して、令和2年4月1日以降の賃料を増額する旨の意思表示をしたとは認められない。
争点3:令和4年4月1日時点の本件建物の相当賃料額について
(判例抜粋)
(1)本件建物の令和4年4月1日時点の相当賃料額については、原告は月額53万1000円と主張し、被告は月額39万0198円と主張し、双方の申出により当裁判所が採用した鑑定(以下「裁判所鑑定」という。)が行われているため、以下、裁判所鑑定に基づき検討する。
ア 裁判所鑑定は、不動産鑑定評価基準に依拠し、月額賃料(共益費を含む。消費税別)を差額配分法で71万7000円、利回り法で69万3000円、スライド法で67万7000円と各試算した上で、この各試算賃料について複数の判断要因から再吟味し、各試算賃料の衡平かつ総合的に勘案した調整により、令和4年4月1日時点における継続賃料の鑑定評価額について月額支払賃料(共益費を含む。)を69万0000円、月額実質賃料(共益費、消費税を含む。)を69万6000円、としている。同鑑定評価額は、裁判所が選任した不動産鑑定士である鑑定人が、両当事者の主張やその他の証拠関係も踏まえて、中立、公平な立場で鑑定評価したものであり、その算定の手法や過程に不合理な点はないから信用できる。したがって、上記裁判所鑑定の鑑定評価額をもって令和4年4月1日時点の本件建物の適正継続賃料額と判断するのが相当である。
イ そうすると、令和4年4月1日時点における本件建物の相当賃料額は、月額48万0020円(消費税別。鑑定評価額の月額支払賃料69万円から共益費20万9980円を除いた額)であると認められるから、現行賃料の月額は不相当になったものと認められる。したがって、原告の賃料増額請求により、本件建物の賃料は令和4年4月1日時点で上記の相当賃料額に増額されたものと認められる。
賃料増減額請求9 東京地方裁判所令和7年8月7日判決
賃料増額を認めた事例
新賃貸人への承継直後に作成された覚書の時点を直近合意時点と認定し、裁判所鑑定に基づく増額を認容した事例
(事案の概要)
直近合意時点:令和2年11月13日 (※原告は、前賃貸人との契約締結時である平成18年7月10日を直近合意時点と主張し、本件覚書は形式的なものにすぎないと主張したが、裁判所はこれを退け、本件覚書作成時点を直近合意時点と認定した。)
増額/減額請求権行使時点:令和5年9月11日(※増額の効力発生は令和5年10月分から)
従前賃料:月額10万4480円(税別)
増額/減額後の賃料:月額11万5000円(※消費税についての明示はないが、約10.1%増額)
争点1:直近合意時点の認定(所有者交代後の「覚書」の評価)
(判旨抜粋)
2(1)原告は、前賃貸人のb商会と被告が初めに本件賃貸借契約2を締結した平成18年7月10日・・・・・・の賃料が直近合意賃料であると主張し、被告は、b商会から賃貸人の地位を承継した原告と被告が本件覚書を取り交わした令和2年11月13日・・・・・・の賃料が直近合意賃料であると主張しており、直近合意賃料について争いがある。
(2)原告は、本件各建物を買い取った令和2年7月31日から約3か月半後に本件覚書を作成して本件賃貸借契約2を更新したところ、〔1〕本件覚書は、新たな賃貸人となった原告の下で、従前の賃借人である被告との間で、改めて賃貸借契約の内容を確認するために作成されたものであるというべきであり、そのような文書を作成するに当たっては、従前賃料の相当性が改めて検討されるのが通例であると解されること、〔2〕賃料等に係る本件覚書の内容についてみても、これまで前賃貸人の下で同契約の更新の際に作成されてきた契約書では「賃料については、変更のないことを確認した」とされてきたものが、本件覚書では「従来どおり以下のとおりとする」とされ、新たな合意がされたものと解される表現となっているほか、これまでの更新の際には無かった更新料の条項も加えられていること・・・・・・からすると、特段の事情のない限り、本件覚書は、契約期間を伸ばすためだけに作成されたものではなく、賃料についても契約当事者が現実に合意したものというのが相当である。しかるに、原告は、「仲介業者であるcの担当者を介して本件覚書に原告代表印を押印して返送しただけで、賃料について被告と話し合ったことはない」旨の原告担当者の陳述書(甲14)を提出するにとどまっており、本件覚書が継続賃料についての現実の合意ではないというべき特段の事情は認められないというほかない。
(3)したがって、本件賃貸借契約2の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものは、被告主張のとおり、本件覚書が作成された令和2年11月13日・・・・・・の賃料というのが相当である。
争点2:適正継続賃料額の具体的な算定過程(裁判所鑑定の認定)
(判旨抜粋)
(別紙)鑑定書要旨
1 差額配分法の適用(鑑定書53、35頁)
(1)本件価格時点における対象不動産(本件各建物)の正常実質賃料を積算法及び新規の賃貸事例に基づく賃貸事例比較法により求めた。具体的には次のとおりである。
ア 積算賃料
(ア)本件各建物の基礎価格の算定 本件価格時点における本件ビルの再調達原価を、躯体部分・仕上げ部分・設備部分に分け、耐用年数に基づく減価及び観察減価を施して、4390万円と算定し、これに、敷地の価格(取引事例比較法を採用して求めた比準価格844万円/平方メートル×登記面積190.77平方メートル)を加え、その合計額16億6900万円に、本件各建物の階層別・位置別効用比率(価値的割合)として算出した0.0245を乗じるなどして、本件各建物の基礎価格を4090万円と算定した。
(イ)期待利回りの査定 本件ビルは、昭和通りに面する高層の店舗付事務所ビルであり、周辺は人通りの多い地域であって、安定的な収益を見込める一方、本件各建物には水道施設がなく、共用トイレも十分ではないこと等からすると、期待利回りを3.0%と査定した。 (ウ)積算賃料の算定 純賃料(本件各建物の基礎価格×期待利回り)に価格時点における必要諸経費等を加えて、月額19万3000円と算定した。
イ 比準賃料 同一需給圏内の新規の賃貸事例のうち適切な4事例を選択し、標準化補正等の補修正後の各事例の比準賃料を坪9900円~1万2200円と算定し、本件各建物について、水道施設がないこと等の個別的要因補正を加えて、月額15万2000円(3300円/平方メートル〔1万0900円/坪〕×45.94平方メートル)と算定した。
ウ 正常実質賃料 上記アイを踏まえ、正常実質賃料を月額17万3000円と査定した。 (2)差額の配分 上記正常実質賃料と実際実質賃料(13万6130円)の差額3万6870円について、同差額の発生要因が地価上昇等の一般的な要因が大きく当事者のいずれかの貢献が大きいということはないことを踏まえ、公平の観点から差額の2分の1を賃貸人に帰属させるものとして、差額配分法による試算賃料を月額15万5000円と査定した。
2 利回り法の適用(鑑定書54、45頁)
(1)本件各建物の基礎価格を4090万円と算定した(上記1(1)ア(ア))。(2)直近合意時点の本件各建物の基礎価格を3950万円と算定し、同時点の純賃料である年額68万9560円を基に、継続賃料利回りを1.7%と査定した。
(3)上記(1)(2)を踏まえ、利回り法による試算賃料を月額14万3000円と査定した。
3 スライド法の適用(鑑定書55、48頁)
(1)直近合意時点の純賃料を68万9560円と算定した(上記2(2))。
(2)変動率の査定 直近合意時点から価格時点までの経済情勢の変動を示す各指数のうち、オフィスレントインデックス(東京都心部)を重視し、企業向けサービス価格指数(事務所賃貸・東京)、消費者物価指数総合(東京都区部)等を適切に重視するなどして、変動率を1.008とした。
(3)上記(1)(2)を踏まえ、スライド法による試算賃料を月額14万3000円と査定した。
4 鑑定評価額の決定(56、50頁) 差額配分法は、正常賃料(新規賃料)と実際賃料(現行賃料)との差額を埋める手法であり、差額の配分に当たって当事者の事情を考慮することができるところ、試算された各事例にも特段の問題はないことからすると、説得力が高い。また、直近合意時点と価格時点との期間は約3年であり、この間の経済状況は全体としては安定的な回復傾向にあることから、利回り法において継続賃料利回りと元本価格との間に断絶はなく、スライド法においても時点間の変動を的確に表していると考えられたため、これら2法による試算結果と差額配分法による試算結果に説得力の差はない。以上を踏まえ、試算賃料の調整としては、各試算賃料を均等に重視し、本件各建物の継続賃料(月額支払賃料)を11万5000円とするのが相当である。


